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2005.11.08

ラヴは定額か?

正直なところ、某Vodafoneの "ラブ定額"、かなり魅力的である。これだけのためにキャリア乗り換えてもイイと思う人がいても、それは自然なことだと思う。うん、ウチ、PHS入らないしさ。

そんなラブ定額に、散文的にツッコミを入れるのが本日の趣旨。

1.ラブは定額か?
まずは、その突き抜けたネーミングセンスに脱帽する。
ただ、逆に言うと、ラブを金銭で量るのがボーダのセンスである。


2.そのラブは双方向か?
通話は、電話をかけた側(発信者)に料金が発生する。
その特性に由来して、この定額サービスは、「定額でかける相手を事前に1人登録しておく」ことで割引を受けられる。よって、電話をかけられる側はかけてくる相手を登録する必要はない。
また、そのようにわざわざ相互に登録する意味は薄い。定額で話したければ、相手を登録した側が常に電話を発信すればいいわけであるし、ワンギリ等の合図を利用すれば、それは容易いからだ。

となると、こういったケースが考えられまいか?
以下、ボータフォンユーザ男女の会話。

****************
男 「オレはオマエをラブ定額の相手に登録したからな」
女 「あら、ありがとう。じゃあ、私はだれを登録しようかなァ…」
男 「おい、オレじゃないのかよ」
女 「だって、そんなの登録する意味ないじゃない。話したいときはあなたからかけてもらえばいいんだから」
男 「そりゃ、そうだけどよー」
女 「誰にしよっかなァ…」
男 「……(もやもやもや)」
****************

女は家族や仕事仲間を相手に選択するのかもしれない。そして、それは確かに合理的な選択かもしれない。
けど、割り切れないからこその人の感情ってもの。

男 「いいからオレを登録しとけばいいじゃないかよ」

てな心を誰が否定できようか。
そんな"もやもや"から生まれたラブの行き違いが、あっけなく男女の仲を引き裂くなんてケースも、きっとあるんじゃないだろうか。(展開はやっ)


ということは。
なるほど、「ボーダーを越える」っていううたい文句は、この場合、
『男女の仲ごとブッ壊して、境界なんてどーでもよくしちゃう』
の意味だったわけだ。
さすがだ、ボーダフォン。感動した!

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2005.11.05

育て方、育ち方、育てられ方

8月のある日の帰りの電車で。
大阪発、福知山行き最終の快速で、なんとも醜悪な光景に出くわした。時間はもう23時。
母親3人子供3人のUSJ帰りの乗客である。


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携帯で、サイズ最大で撮影しても、個人の特定が難しいほどやるせない写り…。
どうせだから、晒しアゲ。

では、てっとりばやく、箇条書きで異議申し立ていたします。

・自分の子供が電車の中にじべたで座っているのを黙認するのはどうかと……、
というレベルでは既になく、これは親が子を促して座らせた結果こうなっているという点。

・写真を見ると、親が白いビニール袋持っているのが分かると思う。
この中から出てきたのは、いわゆる「コンビニおにぎり」だった。
そして、それを座り込んだ子に食べさせていたという点。


このあたり、僕の感覚がおかしいというなら、遠慮なくツッコんでほしい。
でも、とりあえず、コイツらはもう親のライセンス及第レベルがけっぷちから、片足を踏み外していやしないか?

いつから車内で地べたに座っていいことになった?
腹を空かせた子にコンビニおにぎりて…、食べられるものなら、空腹が満たされるなら、何でもええんか?


勿論、誰か(特に学生とか)が地べたに座り込む車内の図、というのは茶飯事のようにある。
でも、ここで問題にしているのは、我が子にそのような行為(将来おそらく反社会的な意味づけとなりうる行為)を率先してやらせている親達の神経である。

躾を、つまるところの子育てを、彼女らは放棄したと看做していいんじゃないのか?
USJに連れて行ってやって、それで満足か。
うん、もう保護者とか親権とかPTAとか忘れていいから、
てめーらまとめて、ジョーズの船で案内係してるバイトのおねぇさんに射殺されて来い!


子育てがいくら大変だからって、知能レベルまで子の水準に下げてんのか。
なんだ、母親3人そろいもそろってそのデタラメっぷりは。

  "育児界のビキニ環礁" とか形成してんじゃねーよ!


よく言われることだけど、基本的に子は親を選べない。三つ子の魂はなんとやら。
育ち方も育てられ方も、間違えてしまったら最後じゃないか…。
親バカならぬ、「親阿呆」ドモに、父親達はいったい何をしているのか・・・。

こういう反面教師を見せ付けられると、逆に自分が子育てする立場になったときのことが少し楽しみになったりもするのだけれど。
それは、また別のお話。


今は、不幸な平成生まれたちのご冥福を祈っておきます。
どうせなら、あの日の親子もろとも、幸多からことを。(鬼ぃ)

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